思い出すのは水泡。
蒼い水中に浮かぶ泡。
それをはさむようにして浮かぶのは、最愛の人の顔。
今はどこにいるのかさえわからない。
じりじりと焼けつくような太陽が二人を襲う。
焼けるような熱さの砂(実際湯気がたっている)の上を歩くたびに、一人の男からうめき声が聞こえた。
「あぢぃ〜…」
「うるさい」
「あづいよぉ〜」
「…うるさい」
「水ぅ〜!!」
「黙れ!!」
「あう…」
バタリ、と呻いていた男が倒れこむと、うるさいと繰り返していた男が大げさにため息をついた。
大き目のフードを被り、顔が隠れているためによくわからないが、年は20代くらいだろうか。
ため息をつく男に、呻く男は顔を上げてまたもやつぶやく。
「暑い…」
「砂漠だからね」
「ヒロシくんは平気なの?」
「ヨシヒコと違って毛むくじゃらじゃぁないからね」
「ひどぉ…。俺だって耳と尻尾しかないじゃん」
「俺はれっきとした人間だもの。それより、ライオンってサバンナに住んでたんじゃなかったっけ?」
「…だから?」
「暑さには強いはず」
「ひどい。俺泣いちゃう」
ため息をつく男・ヒロシは、呻く男・ヨシヒコをバカにしたように鼻で笑い、颯爽とあるきだした。
「あぁ!待ってよ!」
さっきまでの衰弱ぶりはどこへいったのか、ヨシヒコは起き上がるとあわててヒロシを追いかけた。
この世には異端、もしくはアニマとよばれている種族がいる。
いうなれば半獣人といったところだろうか。
あるものは肉を裂く鋭い牙をもち、あるものは大空を翔る翼をもっていた。
彼らのその能力はは生まれついてのものではなく、戦争と研究がもたらしたものだった。
悪化する戦場に人間の体はついていけず、かといって機械やロボットでは頭脳がたりなすぎる。
其の時だ。研究者の頭に「人造人間」という言葉が思いついたのは。
はじめは一人の孤児だった。被災者であるその子に手術をほどこした。目覚めた彼が見たものは鋭くのびる己のつめだったと言う。
そしてすぐに、成功だ!と叫ぶ研究者を襲った。暴れる少年はもうすでに少年ではなく、獲物を狙うために生まれたただの獅子になっていたのだった。
残った研究者たちは彼だけでは飽き足らず、彼とともにいたもう一人の孤児にさえも手を出した。
その二人の被害者の実験が成功したと同時に、“アニマ”の不幸ははじまったと言っても過言ではない。
大量の被害者を出したその戦争は、たくさんのアニマが生まれた一年後に、終戦した。
「ねぇ、今からどうすんの?」
今しがた肉を食べ終わった皿の上に残っているにんじんをフォークでつつきながらヨシヒコがいった。
あの後やっとの思いで砂漠を抜けた二人はたどり着いた町で早めの夕食をとっていた。
時間帯が時間帯なためか、店内は人もほとんどいなく、二人をいれてもせいぜい五人くらいだ。
「ん?やっぱり聞き込みじゃない?お前の探してる人魚君はなかなか珍しいアニマだからねぇ」
「だから一番に売れたんだよ」
「お前と違って、か?」
くすくすとからかうようにしてヒロシが笑う。ヨシヒコはむっとした顔をしていたが、言い返す言葉もなく、いじっていたにんじんを真っ二つにした。
彼らは人探しをしているのだ。ヨシヒコは終戦と同時に離れ離れになってしまった最愛のアニマを、ヒロシは自分の弟を、だ。
二人はもともとなんの接点もなかったが、ひょんなことからともに行動をしている。
それからもう五年ほどたつのだが、彼らの探し人はいっこうに見つからなかった。
今きているこの町では、アニマの人身売買がとても盛んに行われていると言われて偶然に着ただけであった。
五年も足った今では、もう何があって死んでいるかもわからないが、二人はあきらめきれないでいた。
ただただ愛しい人に会いたいと、それだけで五年間を生きてきたのだ。
がやがやと賑わう街中をヒロシとヨシヒコは歩いていた。
ときおり茶色く変色した手紙のようなものを確認しつつ、ヒロシは歩いていく。
ヨシヒコはそんなヒロシの横を、あちこちと余所見をしながらついていく。そしてふと、ある言葉を聞いて立ち止まった。
「…ヨシヒコ?」
数歩進んだ後にそれに気づいたのか、ヒロシがヨシヒコを振り返る。ヨシヒコは真剣な眼差しである方向を眺めていた。
「・・・?」
不思議がってヒロシがヨシヒコの視線をたどってそちらを見てみると、この時代では当たり前になってしまったことが繰り広げられていた。
小さなステージを囲むようにして人々が集まり、その上にたつ一人の男と、布を被された檻を見つめてささやきあっていた。
戦争がなくなり、用なしになったアニマの人身売買である。
彼らは人よりも優れた能力を持っているために雑用や娯楽にはぴったりなのだ。
「さぁさぁこちらのアニマ!めずらしい人魚のアニマです」
「人魚…、ヨシヒコ。」
「うん」
ステージにたつ男の人魚、という言葉にヨシヒコの目つきはますます真剣になる。
男が檻にかかる布に手をもっていったときにはごくんと息をのむほどに、だ。
そして、ばさぁっと布が取り払われた。
「蒼い瞳に蒼い髪!透き通った肌にさらには誰にも負けない歌声!観賞用にはもってこい!いくらで買いますか?!」
男がとりさったその布の下には、真っ青な髪をもった男が倒れこんでいた。
その髪の色の美しさに観客は息を呑んだ。透き通るようなその蒼は、底さえもみすかせてしまうような海そのものであった。
透き通るような白い肌は、病的なものを感じるが、蒼色に映えて逆に美しく見えた。
「それではこの人魚の歌声を聞かせましょう。…おいっ、歌うんだよっ!」
男はなんの反応もしめさないその人魚を、自らがもっていたステッキで叩きつけた。すると彼はゆっくりとした動作で顔をあげ、男をみた。
「み…ず…」
「水だぁ?そんなもんいいからさっさと歌えっ!」
ガンっと鈍い音がして、そのステッキが再び彼にふりかかった。しかも、一回だけでは飽き足らず、男は何度も何度も彼を叩きつけた。
そんな姿をみても観客たちは何も言わない。ただヨシヒコとヒロシだけが悲痛に顔をゆがめていた。
「ヨシヒコ、彼は?」
「わかんない…けど、すごくよく似てる…」
そして何度目かの鈍い音の後、彼はすがるようにして檻をつかみ、搾り出すように歌いだした。
「…や、違う…けど、」
「…けど?」
「見てられない…」
ぎゅ、と手を握り締め、歌い続ける人魚を見つめる。
ヨシヒコはちらっとヒロシに視線を移し、苦笑しながらもヒロシが小さくうなずいたのをみて同じようにうなずいた。
「金はないってことはわかってるだろ?」
「当たり前じゃん。それに、ヒロシ君がお金を使うのは食べ物のときだけだろ」
「言うじゃないか」
「俺だって変わったんですぅー」
ふふん、と満足げにヨシヒコが鼻で笑うと、さきほどまで静かだったはずの客たちが歓声をあげた。
「それでは!2000万にて落札です!」
舞台に目を戻すと、満面の笑みをたたえて満足そうにステッキを握り締める男と、檻の中でぐったりと倒れこんでいる人魚がいた。